Sampling of words

#1 オスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』 [福田恆存/訳]

 

 

105円の文庫本を読み漁り、心が震えた文節を書き写していた20代半ば。このコラムでは、そんなネクラ丸出し赤っ恥秘蔵ノートに眠っていた、美文・怪文・珍文・名言を叩き起こしてご紹介する。

 

その言葉は、壮大な結末に向かって流れる大河の一滴にすぎない。しかし、すべての水滴には、切り取ってもなお瑞々しい、ユーモアや叡知、言葉に魂を捧げた人間たちの息遣いが映り込んでいる。

51-52頁

 

「___若さのあるうちにこそ、若さのなんであるかを知っておかなくては。かけがえのない人生を、退屈な連中の話に聴きいったり、見込みのない欠陥をなんとかよくしようとしたり、無知俗悪な人間どもに自分の命を投げだしたりして無駄に費やしてはだめです。こういう人生の浪費が現代では病的にも目的とされ、偽りもはなはだしいが理想となっているのだ。生きるのだ! あなたのなかにあるすばらしい生命を発揮するのだ! なにものもとり逃さず、たえず新たな感覚を捜し求めるのだ。なにごとも怖れることはない……新しい快楽主義___それこそが現代が必要とするものであり、あなたはその象徴となることができるひとなのだ。あなたのような人間にできないことはなにもない。全世界は一シーズンのあいだはあなたものだ……ぼくははじめて会ったとき見てとった___あなたは自分がいかなる人間であるか、いかなる人間となりうるかをまったく意識していない、と。あなたはぼくの心を奪う要素をじつに多くもっているので、ぼくはどうしてもあなたにあなた自身のことを教えておかねばならぬと感じたのだ。もしあなたがむなしく葬りさられてしまったら、なんたる悲劇だろうかと考えたのだ。なにしろ、あなたが若さをもち続けられる期間はほんの僅かなのだから。ありふれた丘の花はいちどはしぼむが、また花を咲かせる。“きんぐさり”は来年の六月にもまたいまと同じ黄色に輝くことだろう。もうひと月たてば、“せんにんそう”には紫色の花が咲き、くる年ごとにその葉は緑の夜のように同じ紫色の星を抱き続けるだろう。けれど、人間はその若さをとり戻しはしない。二十歳のときに烈しく高鳴った歓喜の鼓動はやがて鈍り衰える。四肢は力を失い、五感は朽ちてゆく。こうしてわれわれは醜悪な人形となり果て、怖れのあまり逃した過去の情熱や、おもいきって身を委ねることのできなかった誘惑の思い出につきまとわれるようになる。若さ! 若さ! 若さを除いたらこの世になにが残るというのだ!」

初回はライトにいきたかったのに、いきなり長いサンプルを選んでしまった。

 

記念すべき第1回目にご登壇いただくのは、現アイルランド・ダブリン出身の詩人。オスカー・ワイルドが1890年に残した、『ドリアン・グレイの肖像』に収められた一節。

 

4ページに渡ってぶちまけられる、「若さ」への偏見を語った長ゼリフの、後半部分。詩的すぎてちょっと臭う部分はあるけど、自分に指をさされて語られているようなパッションと臨場感がある。(こういうパッションを勝手に真に受けた結果、寄り道だらけの人生に歯止めが効かない)

 

今日より明日は衰える。起きてから今までほぼ仕事しかしていない月曜日。やっとありつけたごはんをかきこんで、おなかもいっぱいで眠いけど。今夜、あと1時間なにかやろうという気持ちにさせてくれる。101歳の誕生日を迎えた寝台で、はじめて理解できる感性もあるだろう。ただそれは、今夜向き合っておいた方がいい。

 

130年前のキザなおっさんが、1890年当時の現代に向けて書いた言葉に胸を揺さぶられる。会うことはもう叶わないけど、意志は伝わる。兎にも角にも、文字/文章というものをリスペクトしている。

塩尻寄生
1987年生まれ、大阪の墓穴都市出身。2017年に上京。渋谷KOARA・偶数月第1木曜日に、トライバルな香りのゆったりしたGood Musicを発信する“Wendys”を主催。また、エキゾチックなもぎたて土着サウンドを追求する“DESKO”に加入。臭みのあるいなたいダンスミュージックや四つ打ち、Balearicなど、ジャンルを尻軽に往来するスタイルをとる。2020年2月にはメルボルンでもプレイ。酔っぱらっていない時は割と気まじめだが、すぐ酔っぱらう。

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